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​【特集】認知心理学社にきく
SEEラーニングってなんだろう?

SEEラーニングの背景には、どんな心と身体の機能があるのでしょうか。

瞑想の実践者でもあり研究者でもある、瞑想の認知心理学者 藤野正寛さんにお話を伺いました。

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SEEラーニングは「身体感覚」からはじまります

1990年代、IQ(知能指数)のみならず、EQ(心の知能指数=感情的知性)の価値を問われるようになって以来、その感情的知性に関わる心と身体の仕組みを明らかにするための研究が進められてきました。

 

その過程では「SEL(社会性と情動の学び)」が誕生し、自らの感覚や感情に気づいて理解すること、そして、感情の扱い方を知ることで他者理解を深める学びが、世界各地の教育現場に導入され、実践されてきた経緯があります。

 

・IQ:Intelligence Quotient

・EQ:Emotional intelligence Quotient

・SEL:Social and Emotional Learning

わたし、社会、システムをつなぐ

今、SELで取り組んできた社会性と情動の学びは、より広い「システムをつなぐ倫理」を探求する「SEEラーニング(Social, Emotional and Ethical Learning=社会的・情動的・倫理的な知性の学び)」へと発展しています。

 

SEEラーニングの学びのすべては、SELと同様に「身体感覚」を起点とし、ひとりひとり異なる身体経験から生まれる表現を、何より尊重しています。

 

ここでいう「システム(System)」とは、この世界をつくるあらゆる関係性を指していて、すべては「わたしとあなた」に連なります。少し漠然としていますが、ものごとは、複合的な因果関係の網のうえに相互依存的に存在するというこの世の成り立ちに基づく概念です。

また、「倫理(Ethical)」とは "人類に共通するニーズや望み" を意味していて、人々の思想や行動を規定するような社会的道徳規範のことではありません。

 

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SEEラーニングは、2019年に教育現場での実践が始まって以降、多くの教育機関や活動の場に取り入れられ、現在、実践の場は25カ国以上にわたります(2023年2月時点)。

 

その背景には長い歴史があって、プログラムを研究開発してきた米国エモリー大学とダライ・ラマ法王の関わりは20年を超え、両者の背後には、はるかに長い年月を掛けて蓄積されてきた、膨大な瞑想の実践と、科学的アプローチによる研究に基づく知見があります。

プログラムの仕組みや構造、実践内容まで、SEEラーニングの全貌を解説する数々のテキストとワークブックから、実践的なエッセンスを凝縮した一冊が『SEEラーニング プレイブック』です。

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「人生をしなやかに生きる」とは?

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人はそれぞれに、今日まで様々な体験を重ねて生きてきました。

私たちの脳では、体験を元に様々なプログラミング(条件付け)が行われ、何らかの情報の入力(刺激)があれば、それに反応して何らかの感覚・感情・思考が生じます。

 

それは時に、「躁状態・短気・イライラ」や「悲しみ・倦怠感・無力感」といった両極端のものとなって現れることもあるでしょう。私たちの感覚や感情は、常に体験と共に変化する波の上にあって、こうした状態をがまったくないことはありません。出てくるものを否定する必要はなく、大事なのは、それに自ら「気づける」ことです。

 

自分の状態に気づくことが出来ずにいると、何かに遭遇した時に生じる強い反応に囚われて、なかなか抜け出すことが出来なくなったり、振り回されてしまいがちです。それは心身を消耗し、苦しみを伴います。

 

囚われず、振り回されずにいるためには、自分の感覚・感情に気づくことがはじめの一歩です。感覚を味わい、気づくことが出来れば、自ら次なる行動を取ることのできる「レジリエント・ゾーン」に戻ってくることが可能になります。

 

そのように「しなやかに生きる」ことは、体験や時間を重ねる必要はありますが、難解なことではありません。人間には、しなやかに生きようとする本能が備わっています。その力をじゅうぶんに使えるよう、SEEラーニングの学びがサポートします。

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身体感覚に気づくための
「9つのお助け術」

日常生活のなかで身体感覚に気づけるようになるための方法として、SEEラーニングが提案しているのが「9つのお助け術(Help Now! Strategys)」です。お助け術は、強い感覚・感情に襲われそうになった時、短い時間で「レジリエント・ゾーン」に戻ってくるために用いるものです。

 

色、音、味、触感など、身体感覚に意識を向けて、「心地よい? 心地わるい? どちらでもない?」と問いかけながら、身体の内側で感じていることを数分で気づいていきます。

「身体感覚」ってなんだろう?
 〜感覚が生じるメカニズム〜

私たちの身体感覚には、触れられて感じる感覚とは別に、体験に反応して生じる感覚があります。身体は、感覚器官に何らかの刺激が接触すると、必ず何らかの身体感覚が生じると考えられています。このことは、伝統的な仏教では2500年前から語り継がれおり、近年では科学的にも検証が進んでいます。

 

わかりやすい例で例えると、「黒板を爪で引っ掻く」ことを想像した時、私たちは身体のどこかで、「ゾワッ」とした感覚を感じます。

<身体感覚が生じるメカニズム>

【黒板を引っ掻く】イメージ

 → 脳の「扁桃体」(情動を司る)に情報が送られる

 → 脳から身体に情報が送られ、身体のどこかに「ゾワッ」とした感覚が生じる

 → 情報は再び脳に戻り、「右前部島皮質」(感情・身体感覚を司る)で主体的に体験する

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瞑想の認知心理学者

藤野正寛さん

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興味深いことに、右前部島皮質は、「私」の感情や身体感覚を観察している時のみならず、「他者」の感情や身体感覚を観察・推定する時も同じようにはたらきます。更に、身体感覚の現れ方には次のような特徴があります。

 

  • 身体感覚が生じる身体の「場所は人によって異なる」

    (背中に感じる人/腕に感じる人/脚に感じる人 など)

     

  • 身体感覚が生じる身体の「場所は毎回同じ」

    (背中に感じる人は、毎回背中に感じる など)

     

  • 刺激・音・映像・イメージなど、どの感覚器官からの入力でも「同じ場所に、同じ身体感覚」が生じる

 

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このように私たちは、常に、見たり、聞いたり、触れたりといった体験の感覚に

 

心地よいか 心地わるいか どちらでもないか

 

の判断を、無意識にも繰り返しながら生きています。こうして自動的に起こる反応や判断に気づかずにいる間は、そこから始まるループから自由になることはできません。そのため、そういった体験に伴う感覚に気づくことが大切になります。

 

しかし、身体感覚に気づけばいい、ということではありません(特に不安傾向が強い人の場合、身体感覚に気づくことで、不安が更に強まるとも言われています)。気づいた身体感覚に振り回されないために、注意集中をコントロールするような練習が役立ちます。

 

  • 対象に注意をとどめる
    (生じる感覚に気づきます。別の何かに注意が向いたら、そのことに気づいて対象に注意を戻します)
     

  • 注意を切り替える
    (注意を何に向けるかは自分で選ぶことができます)
     

  • グラウンディング

 

 

自ら注意をとどめたり切り替えたりすることも、人間に備わる力の一つです。普段、あまり使われずにいる能力も、練習を重ねることで、少しずつ機能は高まり、注意をコントロールできるようになることが科学的にも説明されています。

 

注意の切り替えができるようになると、「苦手だな/不快だな」と思うことに遭遇した時、それから「一旦離れる」ことのみならず、「見守る」こともできるようになっていきます。そうして次第に、自分の内でどんなことが起きていて、どのように変化しているか、体験的に理解できるようになるのです。

 

日々の暮らしや仕事のなかで、身体が何を感じているかに気がついて、注意を切り替えたりとどめたりすることを、「お助け術」は助けてくれます。

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グラウンディングでは、今、自分は既に地に足をつけていて、地面に支えられることに気づいていきます。

 

グラウンディングをすると安心感が高まり、心と身体にしなやかな軸が定まります。その状態で身体の内側の感覚に気づいていくと、たとえ不快な感覚であっても、ありのままに「見守ってみる」ことができるようになるでしょう。

 

すると、不快な感覚は、実はそう長くは続かないことに気がつくかもしれません。私たちは普段、過去に体験した不快な状況が、今も続いているかのように思い込んでいることがとても多いのです。

 

そうした気づきを繰り返していくことで、段々と、しなやかに物事に向き合えるようになっていきます。

GROUNDING|グラウンディング
 

身体感覚を自分でつくる
​〜Resourc
ing・Compassion|リソーシング・コンパッション
 

下の図の「◯くら」の空欄には、どんな文字が入るでしょうか。

事前にどのような単語に触れるかによって、発想される言葉は大きく異なります。

 

「春・つくし・入学式」→「さくら」

「満月・歯磨き・ベッド」→「まくら」

 

おそらく空腹な人が見たら、「いくら」と発想することでしょう。

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私たちは、たった3つの言葉が頭の中に入るだけで春のモードになったり夜のモードになって、そのモードで物事に触れ、感じ、判断をしてしまいます。

 

このように、先に受けた刺激がその後の行動に無意識的に影響を与えることを、心理学・脳科学の分野では「プライミング」と言います。人間にはそうした機能が備わっていて、私たちは日々生活をしながら、その場に応じて様々なモードを組み替えながら、情報のインプット/アウトブットを自動的に変えているのです。

 

例えば、職場モード、親モード、客モードなど、立ち場によっても反応の仕方は変化します。冬の寒い夜を、一人空腹で歩くのと、愛する人に会いに向かうのとでは、見える世界の意味が異なるように感じるのも同じことです。

 

こうして絶えず、私たちは状況に応じて微細に変化し続けていることに気づいていくと、自ら ”意図的に” モードを切り替えることができるようになります。

Resourcing|リソーシング
 

  • 心地よくて、ほっとするもの、あたたかさを感じるものは何ですか?

  • それを思い浮かべた時、どんな身体感覚が生じるだろう?

  • それが、全身に広がることをイメージしてみよう

  • 自分の外の人たちにも広がることを、イメージしてみよう

​先ほど身体感覚のメカニズムでも説明した通り、人には、何かを思い浮かべた時に自動的に反応して生じる身体感覚があります。

 

黒板を引っ掻く様子を想像して身体が「ゾワッ」と感じたように、想像すると、身体のどこかに、「心地よく、ほっとした感じ」が生まれる "何か" もありそうです。それが "何か" は、人それぞれに異なります。

 

尖った不快感はわかりやすいものですが、ほっとするあたたかさは繊細な感覚のため、不快感に比べるとわかりにくいかもしれません。何度もリソーシングを繰り返していくことで、心地よい身体感覚を自分でつくり出すことも、更には、それが全身から、周りの人たちへと広がる感覚を身体で味わえるようにもなっていきます。

 

リソーシングをめぐる研究は大変多く、リソーシングによって脳活動が高まり、自分にも他者にも思いやりを向けることができる状態(コンパッション)になりやすいことが、科学的にも証明されています。

自分の感情や身体感覚に気がついて、しなやかに生きること。

 

それは、私たち人間に宿る機能をじゅうぶんに使いながら、本能に備わる「変化する状況に応じる力」を、育て、取り戻していくことでもあります。

 

SEEラーニングの実践は、語学に取り組むことに似ているかもしれません。

 

ある医師は、日々多くの人と接するなかで「回診で病室を出る度に、ドアノブに触れた瞬間、自分の身体感覚に気づいて、我れに帰る(レジリエントゾーンに戻る)ようにしている」そうです。

 

自分の習慣や暮らしに合わせて、自分なりの「お助け術」をつくってみるのもよいでしょう。日々の実践を重ねるなかで、少しずつ「しなやかに生きる」ことができるようになっていきます。

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構成| erico tsumori

藤野正寛|Masahiro Fujino

1978年、大阪生まれ奈良育ち。 

瞑想の実践者かつ研究者として、瞑想実践を通じてでてきた問いをもとに、認知心理学的手法やMRIなどの実験装置を用いて、瞑想の脳研究を進めている。特に、智慧を育むマインドフルネス瞑想と慈悲を育むコンパッション瞑想のメカニズムの解明に取り組むとともに、人々の身心の健康のために、それらを社会に導入する活動に取り組んでいる。

http://masahirofujino.jp

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